2017/10/17

[Good evening Tuesday] Mind if I say yes?


Do you mind if I…?

When I’m asked a question starting from this sentence in person, I always get nervous a bit. Because even when I do want to tell that I don’t mind, I often ended up telling them “YES!” with a big smile and make them puzzled. 

I guess this is because I automatically translate this sentence into Japanese in my head, and reply with Japanese way. This is tough to explain only with English but when you ask “Do you mind if I sit here?” in Japanese, we reply “Yes, I don’t mind” when you want to say No.*

Same thing goes to negative questions. When you’re asked “You don’t like pizza?” in Japanese and if you want to say no, you say “Yes, I don’t like pizza.” If you like pizza, you say “No, I like pizza.” This Yes/No works like affirmation and negation of the whole sentence. “You don’t like pizza?” “Yes (=that’s right), I don’t like pizza” or “No (=that’s wrong), I like pizza.”

Though I always could manage to tell what I really meant in the end, this is still tricky question for me to be honest. Most of the people were fine and forgave my mistake with smile, but few got upset and walked away. And a couple of times I was told “you must be Japanese!” so I think I’m not the only Japanese who makes this oops.

Oh well...


*Note: When you translate this as “… shitemo kamaimasenka?" Standard translation. Maybe this causes the issue. If we learnt this sentence with a translation like "Do you get upset/annoyed if I ...?" we could've avoid this problem. Hm.


2017/10/15

ブダペストに行ってきました


先日、2.5日間という短期間ではありますが、ハンガリーのブダペストに行ってきました。

ハンガリーって名前はよく聞くけど、実際どこにあるの?どんな国なの?と思っていた私ですが、かつてハンガリー出身のルームメイトがいたことをきっかけに、何となく耳馴染みのある国になっていきました。

そして、このブログでも何度か紹介していますが、コンピュータプログラミングを使ったアート作品デモシーンやゲーム開発など、ハンガリーのサブカルチャーシーンを紹介したドキュメンタリーシリーズ「Moleman」の日本語字幕をつけさせていただいたことで、さらにハンガリーについて知る機会があり、映像や資料だけでなく、一度はこの地の雰囲気を体験してみないとなぁ、、と思っていたのでした。

そんなわけで、以前よりハイピッチで重くなる腰をよっこら上げて、いざブダペストへ!


ひそかに期待していたがシナモンロールは出なかった

日本からブダペストへの直行便はないため、ここ数年よくお世話になっているフィンエアーを使い、ヘルシンキ経由でハンガリーに入国しました。乗り継ぎが楽な空港だと話には聞いていたのですが、本当に気がついたら乗り継げてたほどスムーズでした。ただ、入国審査官に「ハンガリーへの乗り継ぎ?なぜ今回はフィンランドに滞在しないのだ」と言われ、真顔で言われたものだから私も焦ってしまい、「な、なぜって、、フィ、、フィンランドに飽きたわけじゃないです!」と真顔で返したあとにジョークだと気づいて赤面…なんて場面もありましたが(笑) 


気になる治安のこと

東欧・中欧とよばれる国を訪れるのは初めてなので、出発前にいつもより少し念入りに情報収集をしたのですが、「かなり安全な都市」という情報が大方を占めるなか、「極端に悪い」という情報もあったので少し不安感がありました。

そこをもってきて、飛行機で隣の席になった旅行好きのメキシコ出身の男の子がたまたま最近ブダペストに行ったらしく、「ブダペストの治安は気をつけたほうがいいよ。特に君は日本の治安に慣れているからね。公共の乗物には乗らないほうがいいし、タクシーもぼったくられると思ったほうがいい。夜は絶対に出歩いたらダメ」とアドバイスをくれたので、到着前からかなりビビっていたのでした。(公共の乗物もタクシーもダメって、、じゃあどうやって観光したのよ?と思わなくもなかったのですが、、)

で、実際に旅を終えてみての感想を先にお伝えすると、外国にいるということを忘れずに常識的な行動を取っていれば、必要以上に怖がることはないな、と私は感じました。もちろん私が訪れたところは中心部の一部と観光地だけなので、それに限っての感想ではあるのですが、楽しくお散歩できたし、最終的に気楽に1人で公共の乗物に乗っていたし(昼間だけど)、夜も(9時前だけど)ホテルの近所まで何事もなくお夜食を買いに出かけられたので、一般的なツーリストにはそれで十二分なのではないかしら。最初あまりにビビりすぎて行動できなくなっていた自分がいたので(もったいなかったなー!)、これから訪れる方のためにご参考までに書いておきます。どうぞご自身の体調と手荷物に気をつけて、存分に楽しんできてくださいね。


このシステムからいろんなことが見えてくる

そしてブダペストのリスト・フェレンツ空港に無事到着。先のアドバイスを聞いて緊張ぎみではあったのですが、事前に入念に調べておいた空港と契約を結んでいる公式なタクシー乗り場へ直行。これ以外のタクシーに乗ると、ほぼ確実にぼったくられるそう。(だからこその公式タクシーなんだそうよ) 空港の外に出ると、出たところにFoTaxiと書かれた小さなブースがあります。そこのスタッフにホテルの名前を見せると、乗車するタクシーの番号と、目的地までの運賃の目安がプリントされた紙を渡されます。あとは乗り場で待っていれば、運転手が自分のお客を探して乗せてくれます。ちょっと道が混んでいる時間だったようですが、30分強ぐらいで市内に到着しました。(運賃は目安の範囲内だった、6区までで6900HUF


はじめましてブダペスト

空港から市内へと向かう車窓からの風景は、だいたいどこの都市でも似たようなものだと思うのですが、ショッピングモールを通過して郊外とよばれる地域に入ったときに、その違いが見えてくるような気がします。そしてブダペストのそんな地域を見て私が感じたのは、「暗っ!!」ということ、、(笑) これ、市内に向かっているのよね?と標識を確認したほどの暗さ。夜の8時前ぐらいだったので、もう少し賑やかなのかなと思ったのですが、路地はもちろん大通りもなんだかずっと薄暗くて、写真を撮ってもほとんど何も写らない、、(左の写真がそうです。左側の光はタクシーのメーター) でも、そんな暗い街に灯るぼんやりとした明かりや、大きな扉からもれる光を見ていると、なんだか重~いラブストーリーの映画を見ているような、そういうストーリーにぴったりの風景だなぁ、、なんて、じわじわと魅了されていきました。もっと見ていたかったほど。


3時起床

よく寝て荷ほどきを済ませたら、まずは旅の楽しみスーパーマーケットへ。ホテルの近くにスーパーがあるということだったので(これが選ぶ際の決め手になった)、開店を待ってはりきって出かけました。左は朝のブダペストの様子。見事な逆光ですが、まぶしい朝の光を感じていただければ。


さくらんぼのスープ

スーパーに入ってまず驚いたのは、並んでいる商品よりもその価格。円に換算すると、かなり物価が安いことに気付きます。パンだったら11020円ぐらい、ケーキだと50円~で販売していました。そして、インスタントスープやソースのコーナーで、写真のさくらんぼのスープの素を発見!この滞在中に食することは叶いませんでしたが、以前東京・白金にあるハンガリー料理のお店で食べたことがあり、その冷たくてとろっとした甘みが最高だったので、嬉しくなって購入しました。まぁ、絶対に同じものにはならないだろうけど…、でもいいのいいの。

ちなみに、私が訪れたところではタクシーも含めすべてクレジットカードが使えましたが、カードが使えないタクシーやお店も結構あると現地の方に聞いたので、チップのためにも少しフォリントを持っておくと安心だと思いました。


ちょっと疲れた表情が魅力的

お散歩しながら見たブダペストからは、ヨーロッパらしい長い歴史を思わせる荘厳さと、その長さにかなり疲れているような印象を受けました。くたびれた壁に、金庫の扉のように大きくて厚いドア。そしてどこにいっても何となく煙い。それほど華やぎはないけれど、「枯れ」の魅力がある街だと思いました。でも建物の中をのぞいてみると、緑あふれる中庭とか超モダン!な内装だったりで、そのコントラストにビックリさせられることも多かったです。工事中の場所がかなり多かったので、これからどんどん現代的に変わっていくのかもしれませんね。(でも、それだとちょっと寂しいかも!)


火星人の住む国

ポール・エルデシュ、ジョン・フォン・ノイマン、ジョン・ケメニーなど、人間離れした知能を持つ科学者や数学者にハンガリー出身者が多いことから、地球にこっそりやってきた宇宙人が住んでいる国とまで噂されるハンガリー。字幕で参加させていただいたドキュメンタリー作品「Moleman 2」と「Moleman 4」は、コンピュータプログラミングとゲーム開発という2作とも数学・科学に近い分野でしたが、作品のなかにも宇宙人っぽい方が多数登場しています、、(笑) 写真のルービックキューブもハンガリーの発明家ルビク・エルネーによる作品。少し前に、どんなふうに置いてもバランスの取れた状態に戻る“ゴムボック”という形状を発見したのもハンガリー人の数学者だという話も読んだのですが、そこにはハンガリー語という複雑な言語が天才を生み出しているのではないかとか書いてありました。どうなんでしょうね。


中庭があったのよ

話は変わって、ホテルの話。今回の旅は、Booking.comで「ロケーション抜群!」と掲載されていた6区のアパートメントホテル7Seasonsに滞在しました。最近ブダペストではこういったキッチンや洗濯機がついたアパートタイプのホテルが増えているそうです。(Airbnbも大人気だそう) 旅先でもホテルで過ごす時間が多い私にとって、ちょっとした自炊もできるホテルは快適そのもの!(時差ボケがひどくても、冷蔵庫がついてれば夜中にサンドイッチ作って食べたりできるし!) 工事やら深夜のパーティーやらで少しにぎやかだったけど、24時間スタッフのいるフロントもあったので安心、快適でした。ほかの都市に比べて、良いホテルにリーズナブルな値段で泊まれるのも嬉しいポイント。


あかないドア

ホテルといえば、滞在中はちょっとしたことに「おお!私は、異邦人~♪」と感じることが多かったのですが、その最たるものが“カギの開け方”。まず、チェックインして部屋に向かったものの、ドアが開けられない。カギは合っているようだけど、回しても回しても一向に開く気配がない、、。結局、廊下を通りかかった他の宿泊客の人に開けてもらって入りました…。これが一般的なのか分かりませんが、カギを使ってロック部分をネジのようにくり出していくような感じで、3回転させたあと、そこで30度ぐらい回すとロックが解除されます。そして、カギを水平状態まで戻すと抜けます。初めて見ました。(私はマスターするのに2日かかったよ、、)


ここです、ここ、ここ!

ドキュメンタリー映画『Moleman2』をご覧になった方なら、あっ!と思うのでは。ブダペストで人気の元祖廃墟パブSzimpla Kert(シンプラ・ケルト)です。Molemanシリーズの監督、シラードさんにインタビューをお願いしたときも、ここをブダペストのおすすめスポットとして挙げていたので、今回の滞在中、この場所で初めてお会いできて感激でした。


外から見たときも、くたびれた壁の並びにひときわ退廃した建物が見えてきて、あら、なんだかいい雰囲気!と思ったのですが、中はさらにユニーク!写真のレトロコンピュータを飾った部屋だけでなく、ゴミ捨て場から拾ってきたようなもので、ポップな雰囲気にデコレーションしていました。「廃墟をたまり場にしてたんだけど、それをそのままお店として一般公開しちゃった!」といった感じの、ストリートテイストで、それは楽しい場所でした。夜になると、広い店内が人であふれるそうです。だろうねー!


廃墟をきれいにリフォームせず、廃墟なんだから、そのボロボロな雰囲気をそのまま活かそうぜ!という姿勢。こういう、不利なことを有利なことに変えようとする姿勢は、字幕をつけながら何度も思ったことですが、本当にハンガリーの強みだなあと感じました。(あと、地下駐車場にしようと思って掘ったけど工事が止まってしまったので、そのままバーにしたというところもあった)


ドナウ川のほとり、こうして日々は流れていく

ペスト側から見た、ブダの王宮の風景。こうやって写真で見てみると、だめだ、全然伝わらない、、。ここからの眺めには、私なんぞの撮影テクニックでは絶対に表現できない“奥行き”がありました。川はもっとずっと向こうまで伸びて、空はもっと遠くまであって、町並みはもっと奥まで緻密に連なっていて、そこには人がいて、暮らしがあって…。とにかく、涙が出るほどただただ美しい風景でした。これを見られて、本当に嬉しかった。


OFF/ON

そして、ブダペストのガイドブックに必ず主役級で登場している国会議事堂の夜景。シラードさんに案内してもらい、幸運にもライトアップの瞬間を見ることができたのですが、「暗い!暗すぎる!」と言い続けてきた街の中で、そこだけ明るく照らし出されていく議事堂は、美しくもどこか現実離れした印象を受けました。まるでホログラムが浮かんでいるような。そして、暗い街とこの明るい建物の対比に、この国がたどってきた歴史を思わずにはいられませんでした。ブダペストの市民は、この景色をどう見ているのかな、、。


いろんな乗り物

さて、飛行機で乗り合わせた人に「公共の乗り物はやめたほうがいい」とアドバイスされていた私ですが、シラードさんに案内していただいて乗ってみてからは「これは大丈夫だ!」と堂々と活用するようになりました。(ただ、深夜に一人で乗らない、不審者に気をつけるなどの基本的な注意は必要だと思いますが) Budapest 24H Ticketというのがあって、券売機などでそれを購入すると、メトロ、路面電車、バス、電車、ボートなどが24時間乗り放題になるそうです。やっぱり路面電車は楽しいなぁ、、。

そういえば、違う意味で怖かったのは地下鉄。乗り場までエスカレーターで下るのですが、これが急勾配なうえに速くて長い!!体感だと70度の傾斜で時速40kmぐらいでてるんじゃないのかという感じ(注:個人の感想です)、私はあまりに怖かったので1回でギブアップしてしまいましたが、慣れなのかしらねぇ、、、。それと、速いといえば町中にあった観覧車もかなりハイペースで回っていましたね、、。日本の観覧車の3倍ぐらいのスピードかな、、。


丘と王宮のあるブダ側におでかけ

ホテルのあるペスト側のお散歩を楽しんだので、2日目は鎖橋をわたったブダ側へと出向きました。「ブダ側からの眺めは絶対に見なきゃダメ!」とシラードさんに念を押されていたので、アドバイスに従いリッツカールトンの前にある「Deák Ferenc tér M」の停留所から16番のバスに乗って出発。バス内には次の停車駅を表示するスクリーンがあり、しかも人目で観光地と分かる場所が見えてくるので、あっけないほど簡単に乗って到着できました。

自撮り棒やら三脚やらを持っている人たちで溢れかえっているとはいえ(写り込まないように歩くのが難しいほど!)、ブダ側のほうがなんだか落ち着いた雰囲気。壁もメルヘンチックな色がついていて、なんだかかわいい…。そういえば、ブダペストのケーキ屋さんでは、左の写真のような色合いのケーキがいっぱい並んでいました。


憧れのクレーメシュ

ハンガリーに行くことがあれば、絶対に食べてみたいと思っていたのが“クレーメシュ”というケーキ。バニラクリームをパイ生地で挟んだものらしいのですが、お店によってメレンゲとバニラのミックス、2層クリーム、パイ生地にナッツ、ミルフィーユ風、などなど微妙に異なっているようです。事前に調べていて、いちばん食べてみたかったのはRuszwurm(ルスヴルム)というカフェのクレーメシュ。1827年創業のブダペスト最古のカフェだそうで、マーチャーシュ教会から歩いてすぐのところにありました。ここのクレーメシュの特徴は生クリームを使っていることだとかで、なめらかなバニラクリームがパリっとしたパイ生地で挟まれていました。見た目そのままの、素直でやわらかな味。おいしい、、、。(が、けっこう大きいので、飲み物を甘くしてしまうと後半がややキツイかも笑) 満ち足りた気持ちで帰路につきました。


短いながらも、見たかったもの、会いたかった人、食べたかったものを体験でき、そしてブダペストの雰囲気を実際に味わえたことにとても充実感をおぼえた旅でした。旅をさらに素敵なものにしてくれた、シラードさん、ガーガイさん、ありがとうございました!(Köszönöm Szilárd & Gargaj!)

ちなみに、上のほうの写真にもうつっていますが、今回の旅行に持参したのは、おなじみ地球の歩き方と、2016年に出版された「夢見る美しき古都、ハンガリー・ブダペスト」というガイドブックでした。ブダペストの見どころをぎゅっと凝縮して紹介しているうえ、写真がとても美しいので、短期滞在の旅行者にはぴったり!だと思いました。かわいいお店がいっぱい紹介されています。(あとはグーグルマップさえあれば大丈夫だ!)

そして、文中にもさんざん登場しますが、ハンガリーのサブカルチャーを紹介したMolemanドキュメンタリーシリーズ。2作目のデモシーンを題材にした『Moleman2 - Demoscene - The Art of the Algorithms』と4作目のゲーム開発を題材にした『Moleman 4 – Longplay』は全編日本語字幕付きで現在公開中です。特に、4作目のゲーム開発のほうは、ゲームにそれほど興味がなくても、ハンガリーの社会主義時代の様子や体制が与えた影響をユニークな視点から知ることができる作品だと思います。(また、ハンガリー人が火星人と呼ばれる所以の一端なども見えるかと、、笑) ぜひ見てみてくださいね!詳しくは、以下の記事よりどうぞ。

長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!




2017/08/29

[nokonoko journal] Sirens




This early morning, I woke up with the loud and disturbing sirens and warnings from our community speakers and loud tone from my phone. It says “a missile has been launched.” (news)

I knew about this alert and its sound but when I actually heard this I got really confused and scared. I remember that there will be second warning siren after 3min or so if things got really urgent, so I quickly changed my clothes and joined my parents to check the news. (Warning says “evacuate” but we don’t know where to) TV screen just showed the warning message, and nothing with its vector or interception. Luckily the next siren came with the message “a missile has passed over your area”

I took it for granted that our country is safe, I never imagined myself waking up with the sirens for a missile. Apparently I have more to say about this, but to calm myself down I went to the car wash after that.




2017/08/24

最近のうちの文鳥 ~包まれたい~


溶けるかと思った猛暑が8月になって落ち着き、雨続きで肌寒いなぁ、、このまま秋に突入なのかなぁ、、と思った矢先の猛暑復活!体がついていけてません…。お風呂場にはあったまるタイプの入浴剤と夏用のクールタイプの入浴剤をスタンバイしているのですが、こんな頻度で切り替えていいのか少々不安になる今日この頃です。皆さまもどうぞご自愛ください。

さて、時候の挨拶が済んだところで、本日は久しぶりに最近のうちの文鳥の様子をお届けします。

最近のごまちゃん

もぞもぞ・・・

 うちの文鳥は手の中に入るのがあまり好きではなく、なかなか「握り文鳥」にはなってくれません。Twitterで流れてくる、手から離れないベタ慣れの文鳥さんを見ると、いいなぁ、とちょっとうらやましく思ったりします…。) でも最近になって、桜文鳥のごまは、素手で握られるのは嫌いでも、手の上に1枚ティッシュをひくと、ホイホイと喜んで手の中に入ってくれることがわかりました。


満足そうだね

握られたくはないけど、包まれたい、、、そういう感じなのでしょうかね。ちなみに、この写真のように片手でテキトーにティッシュを持っていると、ずれて不安定なので怒られます。手と文鳥が一体化したような暖かさと幸福感を味わうためには、両手でお椀を作るようなかたちをキープすることが求められます。つまり私は「巣」。 片手間の愛情ではダメだということを、文鳥は教えてくれます。

いまだに微妙な距離の2

手の上や手の中で落ち着いてもっふりしてくれないという一抹の寂しさをお抱えの文鳥飼いの方、ぜひ一度ティッシュ作戦をお試しください、、。




2017/08/03

[Good evening Thursday] Lego World




This view reminds me that this world is indeed like Lego world. 
I mean, not just physical attributes and such, but in so many ways…




2017/07/26

[nokonoko journal] AMAlmostA


This has nothing to do with me but kids in Japan are now in their summer break. And national radio station started their annual summer program called “Telephone counseling for kids” : they invite specialists from various science fields and answer questions from kids. (e.g. “Why macropinna microstoma's eyes are upturned and covered?”)

I remember they used to do this every day, and they used to accept all kinds of questions, not just science… like “my friends don’t seem to like me, what should I do to make them like me?”

Well, sure kids have questions but adults do have too. I’m jealous that they get to be answered in easy-to-understand explanations, and I too would like to call in and ask some questions...

-       In the movie, why do aliens voice often sounds like vocoder?
-       Is Elon Musk alien who tries to conquer this planet?
-       Why do we check horoscope section even though we knew it’s really not dependable?
-       Is Itako real?
-       Is it too optimistic to believe that human nature is fundamentally good?



2017/07/15

"Moleman 4" Documentary about Game Development in Hungary


Documentary film “Moleman 4 - Longplay” was released on Vimeo the other day. And I joined their project as a Japanese translator :) 

You know what this is if you’d watched Moleman episode before, but Moleman is a series of documentary which features subcultures in Hungary. And this time they featured game development history in Hungary.


Trailer (CC: English, Deutsch, Français, Español, Brazil-Português and Nihongo are available)



Hungary was in socialism era when they started developing games, and this means they had tons of restrictions. It started from smuggling computers and figuring out how to use them, but they gradually yet steadily progressed and took over the European market. Their achievement includes “The Last Ninja” and “Ecco the Dolphin” and in this film their developers and producers are explaining how it was like to make these games.


Don’t forget to watch the deleted scenes! This one is sneaky brilliant. Others includes “Lara Croft” (Mr. Ian Livingstone explains how they came up with her name) and “Tetris” (The origin of that ugly drama)...



I felt the same thing when I translated "Moleman2", but I felt “finding a solution in the most complicated case, and turning disadvantages into advantages” is one of the strength of Hungarian people…


And after the success in Europe and US, they came to Japan and challenged Nintendo who kept saying No to them.

I happened to have an occasion to be involved in the conversation between Japanese avid gamer (0x4015 aka Yossin-san) and the director of this film (Szilárd Matusik). I thought it would be interesting to share this with other people, and since I got the permission from both I’m posting it here… (Thank you Yossin-san and Szilárd!)


0x4015/yossin to Szilárd
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I didn’t know “The Last Ninja” was originally made in Hungary. The film explains that the original developers were uncredited in the final version, and the great thing about this documentary series is that it explains by showing interviews with the people who were actually involved in that matter.

In the scene where developers contacted Japanese makers, I wondered when they contacted exactly. Because the situation of Japanese makers back then was changing every few years.

It shows that they contacted Sony, but I wonder if this Sony meant “Epic Sony”. If it was Epic Sony, I think it would had been easier to get in touch because back then this company was selling Western games in NES format. For example Solstice” (this is known to be the “first contact with Western game” in Japanese Chiptunes scene) and “Dragon's Lair” which is known to be Instant death game. I wish they’d released “The Last Ninja” in NES.

Regarding the situation around Nintendo, there were many Japanese companies which had to give up creating NES software because Nintendo didn’t allow to. And one of them created software by reverse-engineering, just like in the movie. One of the well-known one is called “Quinty” and creators of this game later produced Pokemon. This game was released in 1989, so I guess it’s about the same time as Hungarian team was making NES games.
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Szilárd to 0x4015/yossin
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Thanks for your thoughts.

"Traffic" was the first Hungarian game that was released in Japan in 1986 on the MSX platform by Sony Corporation. I found this on Mobygames.

And I think the info there is right as I found also a picture of the cartridge and it contains all the same information.

And the head of studio (Donát Kiss) who speak about business in Japan left Novotrade in '86 or '87 so it had to happen before that. Also he was who found out to reverse-engineer the NES so it also had to happen around '86-'87.

Also they made some conversions that were released by the Japanese SystemSoft.
Acrojet (MSX)

And games for Konami on NES but I can't find which was the first.
They made some conversions as well:
Tiny Toon Adventures: Cartoon Workshop (NES)

Other things on NES by Novotrade/Appaloosa:

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0x4015/yossin to Szilárd
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Thanks for providing me the complementary information.
It’s amazing that they expand their business that much only in 3-4 years.

It was too bad that Konami didn’t release Novotrade (Appaloosa)’s NES games in Japan. I’ve never heard about these games. I checked on YouTube and found their background graphics are meticulously created within the limitations. Just like The Last Ninja, they made their background by combining small blocks and I find this very interesting since it’s really different from Japanese way of making games.
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You can rent this film, but you get bonus clips (total 16min long!) and a chance to get their prize if you buy it (Details). The Bonus clips cover 90s Independent game dev situation (the dark side) and super creative world of text adventure games (I wanna try it)... 


Watch the film here:
Vimeo
Moleman4 Official page (So much info!)




「Moleman4」について:0x4015 (よっしん)さん x シラード監督の往復書簡


先日こちらで紹介させていただいたドキュメンタリー映画『Moleman 4 – Longplay』はもうご覧いただけたでしょうか? 見た見た!という方は(ありがとうございます!)、ぜひ何度でも見ていただいて、これから見たいと思う、なんとなく興味はある、という方は、これからの暑すぎて外に出たくない季節のお供にぜひご活用ください!(視聴はこちらからどうぞ


予告編




今回は、この映画をすでに視聴された方の感想(っていうか、情報)をご紹介したいと思います。

私のブログでは、『Moleman2』のテーマでもあったコンピュータのサブカルチャー「デモシーン」に関わる人たちにインタビューをさせていただいているのですが、直近のゲスト0x4015さんは、記事を読んでの通りゲーム事情にも非常に精通した方。ゲーム界隈では「ファミべのよっしんさん」という名称で有名らしく、そちらのファンの方から「なぜ“よっしん”であるとインタビューに書かない?」とご指摘を受けるほどでした。(すみません、、)

そんなよっしんさんが、この映画をご覧になっていただけたようで、ひょんなことから監督のシラードさんとよっしんさんの会話を目にすることになった私。2人のメールを訳しながら、「この2人と私だけで読むにはもったいない気がするなぁ、、」と思ったので、双方に許可を取り、こちらで2人のやり取りを紹介します。

映画では、日本でファミコンのゲームを出そうと奮闘するハンガリー勢の様子が紹介されているのですが、そちらに関してのコメントが中心になっています。(特にネタバレとかもないので、映画を見てない方でも大丈夫です)


よっしんさん → シラード監督へのメッセージ
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The Last Ninja」が元々ハンガリー製であるとは知りませんでした。
彼らの名前は、完成バージョンのクレジットに含まれなかったそうですが、
ちゃんと当時の関係者にコンタクトを取って直接インタビューするところが、
このドキュメンタリシリーズの凄いとろですね。

日本のメーカーとコンタクトを取るくだりですが、
この時期は、数年ごとに取り巻く事情が変化していましたので、
日本の時系列のどのあたりに繋がるのかが気になるところでした。

彼らがコンタクトを取った「ソニー」が「エピックソニー」だとすると、
当時この会社では、チップチューン方面で「黒船来襲」に例えられる「ソルスティス」や、
すぐ死ぬゲーで知られる「ドラゴンズ・レア」など、
ファミコン向けに洋ゲーの販売をやっていましたので、
コンタクトが取りやすかったんだろうなと、観ていて思いました。
逆輸入忍者モノとして、The Last Ninjaも移植してほしかったですね。

任天堂は、日本でもなかなかソフトメーカーとして参加できない人たちが多く居て、
同じように解析に頼って作られたソフトもありました。
この中で知られるのが「クインティ」というソフトで、
製作者たちはのちにポケモンの生みの親となります。
こちらが89年リリースとのことなので、ハンガリー勢と恐らく同じぐらいの時期だと思います。
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シラード監督 → よっしんさんにメッセージ
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コメントいただきありがとうございます!

日本で発売された初のハンガリー製ゲームは「Traffic」で、1986年に
Sony CorporationからMSX向けソフトとして制作されています。
この情報は、Mobygamesのサイトで確認しました。

同じ情報が含まれるカートリッジの写真もあるので、正しい情報なのではないかと思います。

映画内で日本でのビジネスについて語っていた当時のスタジオの
トップ(ドナート・キシュ氏)はノボトレード社を1986年か1987年に退社しているので、
(日本でのビジネスは)それ以前のことだと思います。
ファミコンをリバースエンジニアリングさせたのも彼なので、やはり86-87年あたりだと思います。

このチームは、日本のシステムソフト社から発売された移植版のゲームも手がけています。
Acrojet (MSX)

どれが最初の作品なのかは分かりませんでしたが、
コナミから発売されたファミコンソフトにも、彼らの移植版があります。
King's Quest V (ファミコン)

ノボトレード社/アパルーサ社によるファミコンソフトには、こちらもあります:
Impossible Mission II (ファミコン)

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よっしんさん → シラード監督へのメッセージ
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補足情報ありがとうございます。
83年から始めて、わずか34年でここまで開拓してしまうのはすごいですね。

ノボトレード(アパルーサ)製でコナミ発売のファミコンソフトが、
日本では販売されていなかったのは残念です。
私はこれらのゲームの存在をしらなかったのでYouTubeで初めて映像を観ました。
いずれも、制約の中で背景のグラフィクスが丁寧に作り込まれていると思いました。
The Last Ninja と同様に、背景が少数のブロックの組み合わせで作られていますが、
日本のゲームとはかなり方法が違っていて興味深かったです。
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よっしんさん、シラード監督、ありがとうございました!勉強になりました!

Moleman 4』を見てみたいと思った方は、こちらのページからどうぞ。
購入すると、特典映像だけでなく、豪華な賞品が当たる抽選にエントリーもできるようです。詳しい情報が記載された公式サイトはこちらです。
そのまえに、もうちょっと映画について知りたい!という方はこちらの記事をご覧ください!



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